はじめに
「靴なんて、とりあえず履ければいい」
普段は、そう考えている人も多いのではないだろうか。
私自身も、かつてはその一人だった。
多少古くても、少しぐらい合っていなくても、「まあ大丈夫だろう」と深く考えずに履いていた。
しかしこれまでの経験を振り返ると、
ヒヤリとした場面や、思わぬ怪我、思うように動けなかった場面は、いずれも“足元”に原因があった。
靴は単なる履き物ではない。
選び方や状態ひとつで、安全も行動の質も大きく変わる。
今回は、私自身の三つの失敗談と一つの気づきを通して、
あらためて「靴」という存在について考えてみたい。
まずは、登山での出来事から振り返ってみたい。
その一 下山の試練
十年ほど前、妻と孫と三人で日帰り登山に出かけた帰り道のことである。
下山路は岩が多く、足場の悪い道が続いていた。
そのとき、右足の登山靴の靴底が、つま先から剥がれ始めた。
最初は何とか持つだろうと考えていたが、歩くたびにつま先が岩に引っかかり、転びそうになる。
次第に歩行は遅れ、まるで各駅停車のような速度になった。
剥がれはさらに進み、やむなくタオルで靴底を縛って応急処置を施した。
だましだまし歩き続け、ようやく下山できたものの、要した時間と疲労は想像をはるかに超えていた。
この経験以来、私の中で一つの教訓が定着している。
靴は、行動の命綱である。
その二 渓流での一瞬
友人と渓流釣りに出かけた、初夏のことである。
飛び石を伝いながら上流へ進んでいたとき、背後から「あっ」という声と同時に「ドボン」という音がした。
振り返ると、友人が川の中で仰向けになり、手足をばたつかせている。
驚いて駆け寄ったが、よく見ると水深は膝下ほどしかない。
「浅いから大丈夫だ」と声をかけても、本人は必死の形相で起き上がろうとしている。しかし、ウエイダーの中に水が入り、思うように動けない様子だった。
私も水に入り、なんとか友人を引き起こして岸へ上げた。
話を聞くと、石の上で靴が滑ったという。見せてもらった靴の底は、フェルトがすっかり擦り切れていた。
渓流釣りにおいて、靴はまさに命綱である。
幸い大事には至らなかったが、この日の釣行はそこで切り上げた。
それ以来、私は靴底の状態を最優先に確認するようになった。
高価であっても、靴の信頼性は決して軽んじてはならない。命には代えられないからである。
その三 「ちょっとそこまで」の油断
朝から降り続いていた雪が、ようやく止んだ日のことである。
私は夏用のサンダルのまま庭へ出て、物置から段ボール箱を抱えて戻ろうとした。
その瞬間、足を滑らせて転倒し、頭を建物の角にぶつけてしまった。
頭のぶつけた所に手を当てると、真っ赤な血がついていた。「これはまずい」と直感した。頭をタオルで押さえながら、妻の運転で病院へ向かうことになった。
結果は三針の縫合。
帰り道、妻からの叱責に返す言葉はなかった。「なぜ雪の日にサンダルだったのか」と、自問し続けるしかなかった。
あれから十年以上が経つ。
年齢を重ねた今でも、「足元の確認。間に合わせは怪我の元」という言葉が、折に触れて頭をよぎる。
その四 現場で見た「靴の選択」
何年か前、ボランティアで公園ののり面の草刈りに参加したことがある。斜面での作業は想像以上に厳しく、足元が不安定で滑りやすい。
多くの参加者は長靴を履いていたが、滑りやすい上に、靴の中で踏ん張りが利かず苦労している様子だった。
その中で、ひときわ作業の速いグループがいた。
無駄のない動きで効率よく作業を進めている。
よく見ると、彼らは全員、地下足袋を履いていた。しかもスパイク付きである。
地下足袋が斜面で有効とされる理由の一つは、足裏や指に力を入れて踏ん張った際、その力が足袋底を通して地面に伝わりやすい点にあるのではないかと感じた。
一方で長靴は靴底が厚く、足に力を入れてもその力が地面に伝わりにくいのではないか――これはあくまで私自身の推測である。
実際、私は地下足袋を履いた経験はなく、状況によっては万能ではないという話も耳にしたことがある。
それでも、作業環境に応じて適切な履き物を選んでいるという点において、彼らの姿勢には大いに学ぶところがあった。
話を聞くと、やはり作業状況に合わせて靴を選んでいるのだという。
その姿は、まさに「足元を制する者が作業を制する」と言わんばかりであった。
おわりに
これら四つの経験に共通しているのは、靴の選択や状態が結果を大きく左右するということである。
登山、釣り、雪道、そして作業現場。
それぞれの場面で求められる機能は異なるが、いずれも足元への配慮が欠かせない。
靴は単なる身に着けるものではなく、安全と行動を支える基盤である。
だからこそ、その選び方や状態に、もう少し意識を向けてもよいのではないだろうか。
皆さんは、どのような基準で靴を選んでいるだろうか。
※ 本記事は筆者の原案をもとに、読みやすさを考慮して構成を整えています。

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