面白いから楽しい? それとも、楽しいから面白い?

私は今、趣味のパークゴルフに夢中になっています。

クラブでボールを打ち、カップに入れる。
たったそれだけのシンプルな競技です。

しかし、やる度に苦戦します。

コースコンディション、芝の状態、天候、メンバー、
そして自分の体調やメンタル。

同じ条件は一つとしてなく、
思い通りにはいきません。

最大の要因は、やはり自分の技術力不足です。

それでも――
面白くて、楽しくてたまりません。

なぜでしょうか。

ここで、ふとした疑問が生まれます。

面白いから楽しいのか。
楽しいから面白いのか。

その原点は、とても単純な感覚です。

面白いし楽しい。
楽しいし面白い。

この二つの関係は、
面白いと楽しいはどちらが先なのか――
そんな疑問から発しています。

もし、カップの大きさがバケツほどあったらどうでしょう。
簡単に入るようになります。

けれど、その瞬間に,面白さは消えてしまうはずです。

入るかどうか分からない。
思い通りにいかない。

だからこそ、一打一打に意味が生まれます。

私は思います。

「儘ならない故に面白い」

私のパークゴルフのレベルは、
大会や練習で好スコアを出しても、
次は悪いスコアであったりと、乱高下があります。

その要因は、コースの芝の状態や天候、体調や集中力、
一緒にプレーするメンバーのスコアなど様々で、
自分の実力は本物ではないと自覚しています。

それ故、練習するのですが、
時々一人で練習します。
(これもまた面白いと感じています)

そして自信(技術力アップ)が生まれると、

仲間とプレーしたくなります。

自分の自信が本物かどうかを、
確認したくなるのです。

なぜ、一人練習で得た自信で満足できないのか。

それは、競技つまり勝つことを目的としているからです。

他人と競い合う時、
どうしても相手のプレーが気になってしまいます。

相手がナイスショットをしたとします。

すると自分も、と意識し、
緊張や力みが入り、
それがショットに微妙な影響を与えます。

この「心の揺らぎ」は、実に厄介なものです。

さらにコースコンディションも加わり、
ショットに影響を与える要因は多種多様です。

もしかすると、
これこそが――

面白さと楽しさを生み出している
源なのかもしれません。

私の技術は、まだまだです。                                                                                            いわば「小山の大将」に過ぎません。

周りには、全日本クラスの方々もいます。
スコア差は5~10打。時には15打になるときも。

しかし、この差はとても大きい。
その一打一打は、技術と集中力の結晶です。

それでも、目指す姿があります。

仙人が舞うように淡々とプレーし、
微笑みを絶やさず、変幻自在にボールを操る。

そこには、技術だけではなく、
精神の在り方そのものが表れている。

そんな境地です。

そして、私のチームには
88歳になるレジェンドがいます。

決して勝負を諦めない。
それでいて嫌みがなく、さらっとしている。

その姿は、まるで
草原に吹く涼風のようです。

本当の強さとは何か。

それを言葉ではなく、
背中で教えてくれる存在です。


私は今日もプレーします。

勝ちたい。
上手くなりたい。

自分自身の満足のために。

届かぬかもしれない夢を追いながら――

それでも、楽しむ。

それこそが、
この趣味の本当の価値だと思うからです。

面白いから楽しいのか。
楽しいから面白いのか。

その答えは人それぞれかもしれません。

けれど少なくとも私は、

「思い通りにいかないからこそ、私は面白いと感じているのかもしれません。」

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