パークゴルフは楽しい――なぜ?  無限の魅力と「道具」の真実

はじめに

パークゴルフを始めて六年。
そして、始めた直後から夢中になって六年。

その魅力を、私自身の体験からお伝えします。

思い返せば若いころ、父からこんなことを言われました。
「趣味を持つなら静と動が良いよ」と。

当時の私にとって、
「静」は囲碁、「動」は登山やゴルフでした。

心と体のバランスを取ることの大切さを、
その言葉から学んだように思います。

もっとも実際には、囲碁に夢中になる時期もあれば、
登山やゴルフにのめり込む時期もあり、理想通りにはいきませんでした。

それでも、その時々で心は確かに満たされていました。

そして今、私はパークゴルフに夢中です。
理由はシンプルです。

――面白いからです。

しかし、その面白さの中身は、思っている以上に奥深い。

競う相手がいること。
そして「100を切る」という、簡単には到達できない明確な目標。

この世界では、スコアがすべてを物語り、自分にごまかしが効きません。

手が届きそうで届かない期待感と口惜しさ。
突然訪れる好調と不調。

体、脳、精神、そして心――
すべてが絡み合いながら、一打に表れてきます。

その混沌の中で、ある瞬間――
まるで覚醒したかのように、スーパーショットが続くことがあります。

そして、勝利を手にする。

その喜びがあるから、人はまた夢中になる。
まさに、無限のパラダイスです。

そんな中、ある出来事がありました。

【エピソード1「弘法は筆を選ばず」】

「弘法は筆を選ばず」
そう信じて、私は長年、同じクラブを使い続けてきました。

ところがある大会の日、
マイクラブを忘れてしまうという失態を犯します。

やむなく、友人(自称クラブコレクター)から
クラブを借りることになりました。
(そのクラブは、かなり高価な代物とのこと)

そして結果は――

スコア102。

マイアベレージ108からすれば、
明らかに良い結果でした。

正直、結果にもクラブにも驚きました。
自分のクラブに比べると、芯に当たったときの抵抗が少なく、
クラブが勝手に仕事をしてくれたように感じました。

道具ではない、腕だ。
そう思っていた自分の中に、小さな変化が生まれたのです。

そのとき、ふと「“名器は嘘をつかず”――そんな言葉が頭をよぎりました」

もちろん、最終的に結果を出すのは自分自身です。
しかし、良い道具が力を引き出してくれる。
それもまた、事実なのかもしれません。

【エピソード2「良い道具は力を引き出す」】

私には、まだ心の片隅に「弘法は筆を選ばず」の気持ちがあり、

技術でカバーできるのではと思い、

今年になって、パークゴルフを始めた頃に使用していた初心者用クラブ
(当時セットで約1万円)で何度か練習してみました。

結果は、まあまあのアベレージスコアでしたが――

久々に使った初心者用クラブは、
ボールを打ったときの振動が直接手に伝わり、
常用しているクラブとは、打感が驚くほど違いました。

そして、ボールはクラブヘッドの芯に当てないと、
まともに飛びません。

これは極めて当たり前のことですが、
初心者や中級者にとっては意外に難しく、スコアに直結します。

また、打ったときの快感は得られず、
特に、ゆったりと軽く打ったときの
“何の抵抗もないあの感覚”は皆無でした。

終わった後はとても疲れ、
まるでじゃじゃ馬を調教するかのようでした。

その後、「初心者用クラブは本当に駄目か」を確かめるため、
何度か試しましたが――

ショットミスが出やすく、使い続けるには
「労多くして益なし」。

結論は、「良い道具は力を引き出す」でした。

ようやく、クラブの良し悪しを実感したのです。

良いクラブ(高価という意味ではありません)は、
「プレーヤーと一体となり、
快感と努力の先にある結果をもたらしてくれる」と。

おわりに

もしこれから始める方、
あるいは伸び悩んでいる方がいれば――

一度、「道具を見直す」という選択も、
大きな転機になると思います。

自分に合った一本と出会えたとき、
きっと景色が変わります。

※ 本記事は筆者の原案をもとに、読みやすさを考慮して構成を整えています。

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